孫子の名言格言25選!兵法をビジネスに活用しよう入門編

孫子と聞くと、兵法書を書いた人物というイメージがあると思います。

でも、孫子は人の名前ではありません。

 

これは「兵法書のタイトル」な&のですね。

兵法書とは、戦争のやり方を説明している解説本のことです。

 

それが昨今では、この兵法書が現代の生活の中で応用できると考えられるようになってきました。

「戦争の解説がどうして平和な現代に関係あるの?」

ですよね。

 

そこで今回は、そんな疑問の答えを「孫子」の名言から見つけていこうと思います。

あと、この孫子を書いた人のこともご紹介してありますので、それもお楽しみに!

孫子の名言25選

孫氏の兵法を著した孫武(そんぶ)は基本的に、戦争は被害を出すものだから、武力行使はできるだけ避けるのが一番だと思っていたようです。

 

 

【1】「兵とは国家の大事なり、死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり」

ここでの「兵」は戦争のことです。

「戦争をすることは、国家が滅ぶ可能性があることなので、よくよく考えてすること」。

ということですね。

孫武は、「孫子の兵法」の出だしでまず、こう言っています。

 

「争いをするときは、自分が負けることもあるということを頭に入れておけ。

それが嫌なら争うな…」と言っているようにも受け取れます。

 

 

【2】「兵は勝つことを貴ぶ。久しきを貴ばず」

戦争は勝利が目的だが、長期戦は避けなければならない、ということです。

長期戦は、兵士も弱るし、物資も減るばかりです。

被害を最小にするには短期決戦が決め手ということですね。

 

これは恋愛に必要なテクニックかもしれませんよ。

「彼の気持ちがわからない」といつまでもモヤモヤしているのは消耗するだけです。

思い切って聞いてみることが「短期決戦」になるのですよ。

 

 

【3】「天とは、陰陽・寒暑・時制なり」

作戦を練る時は、天候や気温の変化など自然のタイミングを捉えることが大切だ、という意味です。

コンビニやスーパーの食材補充など、販売促進にはこれがとても大切。

今では、コンピュータに気候のデータを入れて、タイミングの予測に役立てているそうですよ。

 

 

【4】「兵とは、詭道なり」

孫武は、「戦争とは騙し合いだ」と言い切っています。

戦争はスパイ行為や裏切りも何でもアリです。

「だから、本当は、戦争なんてできるだけしない方がいい」

というのが、孫武の真意なのです。

 

 

【5】「彼れを知りて己を知れば、百戦してあやうからず」

「自分の状況と、相手の状況をきちんと把握していれば、必ず勝てる」という意味です。

これは、客観的な状況の判断の大切さを言っているのでしょう。

自分のことってなかなか客観的に見られないですから、気を付けたいものです。

 

 

【6】「卒を視ること嬰児の如し」

「自分の兵士には、自分の子どものように接しなさい」ということです。

これは企業のリーダーに求められる姿勢と同じ。

「モラハラ」「パワハラ」なんてことが取りざたされている昨今です。

部下に対しては、愛情をもって、叱る時は叱る、褒める時は褒める、を励行して欲しいですよね。

 

 

【7】「凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ」

「だいたいにおいての戦は、最初は正攻法で渡り合うが、臨機応変に対処することで勝ちが得られる
」と言っています。

相手と刃を交えてこそ、初めて相手がわかるところもあるからですね。

この臨機応変は、常識に捉われずに、ということでもあるのではないでしょうか。

 

 

【8】「激水の疾(はや)き、石を漂わすに至る者は、勢なり」

「戦争で進撃するには、タイミング次第で、その勢いが違ってくる」

そう言っているようです。

 

兵の士気が十分上がったところで進撃することは、兵士の実力を最大限に引き出すことになります。

そのタイミングを掴むのが、リーダーの役目ということですね。

 

 

【9】「其の愛する所を奪わば、則ち聴かん」

「敵の一番大切なところを討つことが、すなわち、戦を有利にすることだ」という意味です。

営業に応用するなら、顧客が好きな話を振ることで、玄関に入れてもらえるとか?

 

 

【10】「此れ、気を治むる者なり」

戦闘では、集中力が決め手にもなります。

しかし、人間はいつまでも集中力を保つことができません。

なので、誰でも集中力が途切れることがありますよね。

 

こうした、兵士の集中力が途切れた一瞬を逃さずに攻めることが肝心だと孫武は言っています。

わかりやすいですよね。

 

 

【11】「将に五危あり。必死は殺され、必生は虜にされ、忿速は侮られ、廉白は辱められ、愛民は煩さる。」

将軍になるには以下の5つがこのようなネックになるようです。

  • 死んでもいいと思っている人は死に急いでしまいます。
  • 気が小さ過ぎる人は捕虜になりやすくなります。
  • 短気な人はバカにされます。
  • 清廉潔白過ぎる人は、ちょっとのことで落ち込むことになります。
  • 愛情が深すぎる人は、国民が心配になって戦争に集中できません。

 

優れたリーダーは、この5つをバランスよく備えた人ということですね。

 

【12】「勝つべからざる者は守なり」

「勝つべからざる」というのは勝てそうもない兵力のことのようです。

つまり、「兵力が小さい時は、攻めるのではなく、守りに重点をおくべし」。

という意味ですね。

 

少ない兵力では、攻め込んでも犠牲者が多くなるだけです。

そういうことを孫武はよくわかっていたのでしょう。

 

 

【13】「鳥の起つ者は伏なり。獣のおどろく者は覆なり。塵高くして鋭き者は車の来たるなり」

これはかなり具体的な教えになっています。

 

「鳥がバサバサと飛び立った下には、きっと敵兵が潜んでいる。

獣が騒いでいるのは敵の奇襲の前兆。

粉塵の舞っているのは敵の進軍だ。」

という教えです。

 

これは観察力が大切ということを言っているのですね。

 

 

【14】「利に合えば動き、利に合わざれば止まる」

「戦争は命のやりとりになるので、一時の怒りで始めるのは良くない。

理論的に考えて、戦争をするかやめるかを決めるべき。」

ということです。

 

孫武はとにかく、戦争はできるだけ避ける方向で考える人だったんですね。

不毛なことがわかっているような議論もしないのが一番です。

 

 

【15】「夫れ呉人と越人との相悪むや、其の舟を同じくして済りて風に偶うに当たりては、其の相い救うや左右の手の如し」

これは「呉越同舟」という諺の元になった言葉です。

「敵対している呉と越の軍人も、同じ船に乗っていて、船が転覆の危機にあったなら助け合って船を守るに違いない」
という意味です。

 

このようなシーンを意図的に作り出すことで、敵をこちら側に引き入れることができる。

つまりここでは「呉越同舟」とは戦争のテクニックのひとつなのですね。

 

 

【16】「主は怒りを以て師を興こすべからず。将は慍(いきどお)りを以て戦いを致すべからず」

「君主や将軍は、感情的なことで争いを始めてはならない。」

という意味ですね。

これは、君主でなくても誰にも当てはまることではないでしょうか。

 

感情的になっていると言わなくてもいいことを言ってしまたりしますよね。

それで大きなトラブルに発展・・なんてことになりかねません。

怒りを感じたら、動くよりまずはその怒りを鎮める工夫をしたいものです。

 

 

【17】「百金を愛(おし)んで敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり」

「国のために命を懸けて敵地に潜入している諜報員には十分な報酬と地位を与えなさい。」

と、孫武は言っています。

 

彼は、情報を集めることが、戦において最重要課題としています。

そこでスパイ活動には力を入れていたのです。

私腹を肥やして社員の給料を上げないでいる企業は、人としていかがか、といったところでしょう。

 

 

【18】「智者の慮は必ず利害に雑(まじ)う」

「利害に雑う」とは、メリットとデメリットを把握している、ということです。

物事には、だいたいにおいてこの2つがあるものですが、そのバランスを考えられるのが「智者」なんですね。

人が誘う「うまい話」には、リスクも当然ありますから人の話だけを鵜呑みにせず、自分で調べるなどして頭を使うことが大切ですね。

 

 

【19】「善く戦うものは人を致(いた)して人に致(いた)されず」

戦い上手の人は、先制攻撃をかけます。

その方が相手を翻弄できますからね。

 

また、相手の出方ばかり気にしていると、結局こちらが翻弄されることになってしまいます。

好きな人がいたら、ライバルより先に告白した方がいいようですよ。

 

 

【20】「百戦百勝は善の善なるものに非(あら)ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり」

 

【21】「凡そ用兵の法は、国を全うするを上となし、国を破るはこれに次ぐ」

「戦争では、相手を傷つけずに負かすのが最上の勝ち方である。

相手を傷つけて倒すのは、それ以下、つまり褒められない」ということですね。

相手をとことんやりこめるのは、紳士的ではありませんから。

 

 

【22】「之を知るものは勝ち、知らざる者は勝たず」

孫武の言う「之」とは、敵の政治、経済、地形や気候、人柄などを指します。

これを良く理解していないと勝てないということです。

 

つまり、戦いに勝つには、相手の情報をできるだけたくさん取り入れよと言っているのですね。

営業に行くなら、顧客の住んでいる場所や、経済状況、性格を良く調べて行け。

ということになるでしょう。

 

 

【23】「兵は拙速なるを聞く」

「戦争は短期決戦が重要だ」という意味です。

長期戦の戦は、兵も疲弊し、自国の資源もたくさんなくなり、国の被害も大きくなってしまいます。

なので、どんなトラブルも早く手を打った方が、被害を最小限に済ませられる、ということですね。

 

 

【24】「戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」

「実力行使ではなく、話し合いで敵を手中に収めることが最善である。」ということです。

武力で戦い合えば、味方にも相手にも被害が出てしまいますからね。

意見の違いは、話し合いで解決したいものです。

けれど、21世紀に入っても、これがなかなか世界中で実現していないのは残念に思います。

 

 

【25】「将軍の事は、静にして以て幽、正にして以て治まる」

「リーダーというものは、いつでも沈着冷静で、公明正大でなければ組織を束ねることはできない。」という意味ですね。

まさにその通りです。

 

怒ってばかり、またはえこひいきやズルいことをしてる上司は信頼されません。

そういった上司の元では、社員も同じようにズルをするようになってしまいますよね。

そうならないように、リーダーにはいつでも部下のお手本になってもらいたいものです。

 

 

ご紹介してきたように、孫子の言葉は戦争のために役立つだけではありませんでした。

2000年以上前に書かれたのに、今も役立てることができるのはスゴイですよね。

 

また、この2000年の間にこの孫子は、世界中で役立てられました。

では、どんなふうに役立てられたのかを次でご紹介したいと思います。

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孫武とは?

人類の歴史は、争いの歴史ともいえるほどですよね。

紀元前の昔から人は戦争を繰り返してきました。

 

そんな大昔の人たちは

「あそこの領地が欲しいから攻めよう」

「あの国の王様は気に入らないからやっつけてしまおう」

なんて感じで、つまりはきまぐれや、行き当たりばったりで戦争を始めることが普通でした。

 

その上、戦争の行方を運に任せたり、占いに頼ってばかりいました。

こんなやり方では、戦争は無駄に長引いたり、被害が大きくなるばかりです。

 

 

でも人間は進化する生き物。

「こんな戦争のやり方は間違っている」そう気づいた人物が現れました。

 

それが、孫子を書いた人物です。

彼の名は孫武(そんぶ)といいます。

 

孫武は、紀元前500年頃の中国では春秋時代と呼ばれる時代に活躍した人物です。

でも、彼がどこで生まれたかはわかっていません。

ただ、呉(ご)の国の将軍だったことはわかっています。

 

実はこの時代というのは、どこの国でもその国の生まれで軍人でなければ将軍にはなれませんでした

では、諸国を旅していたような孫武がなぜ、将軍になったかというと・・

 

それは、呉の国が能力主義で、才能ある人は身分に関係なく出世させる国だったからです。

だからこそ孫武の、今までになかった戦略が書かれた孫子もすんなり受け入れられたのでしょうね。

 

今までになかった戦略…

それは理論的であり、また科学的な根拠をもとにしたものでした。

その孫子は、以下の13編から構成されています。

 

  • ①始計(しけい)篇
  • ②作戦(さくせん)篇
  • ③謀攻(ぼうこう)篇
  • ④軍形(ぐんけい)篇
  • ⑤勢(せい)篇
  • ⑥虚実(きょじつ)篇
  • ⑦軍争(軍総)篇
  • ⑧九変(きゅうへん)篇
  • ⑨行軍(こうぐん)篇
  • ⑩地形(ちけい)篇
  • ⑪九地(きゅうち)篇
  • ⑫火攻(かこう)篇
  • ⑬用間(ようかん)篇

 

 

また、それぞれの章では、具体的な作戦の立て方や、兵士の使い方、

さらには、リーダーの素質や、戦争への心構えなども細かく書かれているのです。

 

この孫武の兵法書「孫子」は、それまでの「行き当たりばったり」の戦争の仕方を変えました

それからの国のリーダーたちはこれをお手本に、敵にどう対処したらいいかを学んだのです。

 

 

こうして孫子は、度重なる戦争に応用され、現代にいたることになります。

「でも、そんな兵法書が現代の平和な暮らしにどう役立つというの?」

それが一番の疑問でしたね。

 

平和な現代でもサラリーマンを企業戦士と言ったりしますよね。

また、子どもたちは受験戦争を勝ち抜けなんて言われます。

 

これって、駆け引きとか競争のことを戦いに例えているんですよね。

そこでこの孫子は、戦争を「競争」や「駆け引き」に置き換えれば、現代にも通用するという話になったのです。

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孫子の兵法の裏話

孫氏の兵法を日本に伝えたのは?

中国では有名な孫氏の兵法。

そこで、孫氏の兵法が日本に伝わったのは、遣唐使が送られるようになった奈良時代ではないかと言われています。

遣唐使といえば、吉備真備(きびのまきび)が有名ですが、彼が最初に孫子を見聞きした日本人なのかもしれませんね。

 

日本も長い間、戦乱の世でしたから、孫子はたくさんの人に活用されたようです。

また、孫子はその後日本人の手でも研究が進められたと言います。

さらに、林羅山、新井白石、吉田松陰が、日本向けに孫子をベースにした兵法書を書いています。

 

 

武田信玄の風林火山の原点だった?

「風林火山」は武田信玄の旗印として有名なことばですね。

なので、これは信玄の作った言葉と思われているかもしれません。

 

でも、実はこれ

「疾(はや)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、動かざること山の如し」

という、孫子からの一文を短くしたものなんです。

 

今流行りの言葉の省略と同じですね。

でも、かっこいい省略の仕方です。

それほど信玄は、孫氏の兵法に感銘を受けたんですね。

 

 

ナポレオンも読んでいた?

孫氏の兵法は、中国に滞在していた宣教師によってフランスにも伝えられています。

なので「ナポレオンのオーストリアへのアルプス越え作戦も、孫子を読んで起こしたものだ。」なんて話もあります。

ナポレオンは読書家なので、兵法書である孫子なら読んだに違いないと思われているようです。

 

しかし、これは文献で残っていることではないので、真実かどうかはわかりません。

ただ、才能のある人なら同じ考えを持つこともある。

ということは言えるでしょう。

 

 

曹操(そうそう)が加筆編集した?

曹操といったら三国志の英雄ですね。

彼も古い時代の人ですが、西暦150年頃の人です。

孫子はそれより500年ほど前に書かれていますから、孫子の古さがわかりますね。

 

その上、曹操は中国の軍人。

孫氏の兵法を読んでいたことは想像に難くありません。

しかし、戦術に長けていた曹操は、孫氏の兵法を自分なりに解釈したことも多かったでしょう。

 

そこで曹操は、その解釈をつけた新たな孫子を書いたと言われています。

でも、孫子の本当の作者がわからくなってしまったのは曹操がこういうことをしたせい、なんて噂もありますけどね。

 

 

孫子って、本当にいろいろな人に読まれたようですね。

2000年もの間読み継がれるなんて、超ロングセラーといえそうです。

そんな優れた兵法を書いた一方で、孫子の作者である孫武には、身の毛もよだつようなエピソードがひとつあります。

それを逸話の最後にお届けしましょう。

 

 

孫武のエピソード

これは孫武が呉の国主に会った時のことです。

国主の闔閭(こうりょ)は、孫武のリーダーとしての腕前を実際に見せて欲しいと言いました。

そこで孫武は、国主が抱えているたくさんの愛人を集めます。

その数180。

 

孫武はその女性たちを二つの班に分けて、リーダーを一人ずつ決めました。

そうして、太鼓の合図で隊列を作るように説明しました。

太鼓を打つたびに「右向け」「左向け」と命令を出します。

しかし、女性たちはゲームかと思い、笑って従いませんでした。

 

これを見た孫武はこういいます。

「部下がこんなふうに言うことを聞かないのは、リーダーが悪いからだ」

そこで彼はリーダーになっている女性を処刑しようとしました。

 

闔閭は驚いてやめさせようとしましたが、孫武は平然としてこういいます。

「真の将軍なら、実践においては国主の命令にも背くこともあるものなのです」

それで、とうとう二人の女性の首をはねてしまったというのです。

 

そのあと、もう一度リーダーを選んでから、同じように太鼓で隊列に命令させました。

さすがに今度は、笑うものはなく、整列は命令通りに素早くおこなわれました。

これを見た闔閭は、孫武の部下の扱いに感じ入って、孫武に将軍職を与えたといいます。

 

いやしかし、これはかわいそうですよね。

戦において、兵士の被害や疲弊を考える孫武がしたこととはちょっと思えません。

でも、それはきっと当時の中国でも、女性は虐げられる存在だったからかもしれませんね。

 

こんないろいろな顔を見せてくれる孫武はしかし、その生年も没年も不明と言われています。

また一方で、孫子は実は、孫武が書いたものだけではないとも言われています。

これは、曹操が手を加える前の紀元前のことです。

それはどういうことなのかもご紹介しておきますね。

 

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孫氏の兵法の作者は二人いる?

孫子には2人の作者がいるという話があります。

それは孫武と、もうひとりは孫臏(そんぴん)だというのです。

 

孫臏という人は、孫武よりも150年ほど後の将軍でした。

なので、彼は孫武の子孫では?という人もいます。

しかし、それは言い伝えだけで、しばらくの間その真偽は不明のことでした。

 

ところが、20世紀に入ってから、孫子は言い伝えだけでなく、竹簡(ちくかん)に書かれた証拠として発見されたのです。

 

しかし、そこでは孫子とは別の兵法書が一緒に見つかりました。

ここでは、孫武も孫臏も兵法書を書いたが、別物だったことがちゃんと分かったのです。

それからは、孫武の書いたものを「孫子」、孫臏の書いたものは「孫臏兵法」と区別されるようになったとの事です。

 

ただ、彼らの生きざまなどは、その後も不明のままなようです。

大切な兵法は書き残すが、己の人生なんて書き残す必要はない、ということかもしれませんね。

 

 

孫子の名言最後に

これで、孫子について良くわかっていただけたのではないでしょうか。

昔の人が書き残したものが、戦争のやり方というのは、どこか悲しい気もします。

でも、それが当時の人の生きる手立てだったのでしょう。

 

「生きる手立て」

それは、今の世にも十分置き換えることができますね。

教育にも、仕事にも、恋愛にもです。

 

 

孫武の基本姿勢は

「戦争は回避すべきものだが、やる時はできるだけ味方も敵も傷つけないようにせよ」

です。

この姿勢は、21世紀の生活の中でも役立てたいですよね。

 

しかし、2000年もたって出土するものがあるのはすごいことです。

文明を発展させることに忙しい現代人ですが、やはり過去を振り返ることも時に大切ですよね。

 

まだまだ、眠っている歴史があるに違いありません。

もしかしたら、また孫子の日記なんてものが出てくるかもしれませんしね。

これは、これから考古学者のみなさんに期待したいと思います。

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はじめまして、真一です。

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「嘘でしょ?!」「信じられない!」なんて言われたりしますが、
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ちょっと凄そうな印象を持たれるかもしれませんが、
失敗もこれまた沢山してきました。

一回目の独立なんて、
フィリピンで詐欺に遭って一文無しになって終了しましたから(-_-;)

 

それ以来サラリーマンになりましたが、
婚約者に幸せな将来を約束したにもかかわらず、
安月給と、謎の月間200時間の
サービス残業に未来を悲観した僕は、

再び独立し、今に至ります。

 

でも、当時はブログなんて
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