逆流性食道炎と慢性胃炎は「飲み込めない思い」が原因だった話

こんにちは、片山真一です。

ここ数ヶ月の間、体調面が優れなかったり、子育てが重なったりと、いろいろなことがありました。

実はしばらくの間、逆流性食道炎と慢性胃炎を患っていて、胃と食道の境目が、ずっと炎症を起こしている状態だったのです。

身体の部位には、それぞれ固有のメッセージがあると言われます。何かを「飲み込めない」とき、この場所に炎症が起きやすい。

まあ、それらを理由にして、行動することを止めてしまっていた。

それが正直なところです。

ただ、この数ヶ月、何もせずにぼーっとしていたわけではありません。
自分自身の内面と、深く向き合う時間を過ごしていました。

「自分は一体、何を飲み込めずにいるんだろう」

そうやって問いかけていくうちに、ある感情が芋づる式に湧き上がってきました。

それは、自分の中にある強い〝無力感〟でした。

無力な自分はダメだ、と無意識に自分を責めていたというわけです。

経営者や芸能人の方にもよくあることですが、ダメなを無視たり、責めたりしていると、

せっかく自分の力で物事がうまくいき始めたときに、
自らそれを壊してしまう〝自己破壊欲求〟が働くことがあります。

せっかく成功しているのに、わざわざトラブルを起こして元に戻そうとしたり、破滅的な行動をとってしまったり。

例えばひき逃げだったり、大麻だったりといろいろとありますよね。

(ひき逃げなんてバレるのだから、逃げないほうが絶対マシなのに)とはたから見てたら思うものですが、それをやってしまう。

僕自身も、健康だったりビジネスだったりで
自己破壊欲求の無意識のうちに囚われていたのです。

そこで、さらに深く考えてみました。

「そもそも、無力であることは本当に悪いことなのだろうか?」

そう問いを深めていくうちに、いや、そうでもないぞ、という思いが浮かんできました。

「無力だからこそ、いろんな人のサポートを素直にお願いできる」

自分一人で抱え込むよりも、それが得意な仲間の力を借りた方が、圧倒的に良いものが出来上がります。

そう考えたら、無力というのもなかなか悪くない。
むしろ最強の在り方かもしれない。

歴史を紐解いてみても、漫画『キングダム』の時代、圧倒的な力で中華を統一した秦の始皇帝の国は、彼の死後すぐに崩壊してしまいました。

その後に覇権を争ったのは、項羽(こうう)と劉邦(りゅうほう)です。

項羽は誰も敵わないほどの武力を持つ「完全無欠の有力者」でした。

対する劉邦は、戦も弱く、決して優秀とは言えない人物です。

しかし、最終的に勝ったのは劉邦でした。

彼は無力だったからこそ、人から猛烈に好かれ、優秀な仲間たちの力を最大限に借りることができたのです。

「だったら無力って、悪いことじゃない。むしろ最強なんだな」

そう心から思えた次の日から、あれほど苦しんでいた食道炎の痛みが、ピタッと治まりました。

身体が治ってから数ヶ月が経った頃、今度はまた別の思いが湧き上がってきました。

「自分が生まれてこなかった方が、お母さんは幸せだったんじゃないか?」

僕の母は、僕が15歳のときに他界しています。

母は病気がちでありながらも、必死に働いて僕を育ててくれました。

でも、母子家庭で、経済的にも生活保護を受けるほど困窮していました。

その記憶が蘇ったとき、今度は激しい腹痛と胃痛に襲われたのです。

僕は再び、
「自分が生まれてこなかった方が、お母さんは幸せだったんじゃないか?」
この思いと向き合いました。

「それは本当に事実なのか?」と。

確かに自分より優れた人はたくさんいますが、僕自身、集客や文章を書くことに関しては、ある程度の力を持っています。

その事実を認めながらも、母の人生にとっての自分の存在を確かめていきました。

そもそも、生まれてきている以上、生まれてこなかった人生と比べることなんてできやしませんが、かつて祖母から聞いた「ある事実」を思い出しました。

僕が母のお腹に宿った当時、周囲は出産に大反対したそうです。

父が重い腎臓の病気を患っていて、先行きが全く見えない状態だったからです。

誰もが諦めることを勧める中で、僕の母だけは「絶対にこの子を産む」という強い意志を突き通して、僕を産んでくれました。

そして僕自身、4人の子供たちが目の前ではしゃいでいる姿を見るだけで、どんなに大変なときでも、それ以上のたくさんの喜びと幸せをもらっています。

確かに大変なこともありますが、子どもはそれ以上の幸せを運んでくれる。

「きっと僕も、母にたくさんの喜びや笑いを、幸せを与えてこれたんだろうな。」

では、周囲の反対を押し切ってまで、なぜ母は僕を産んだのか?

理由はシンプルでした。

「ただ〝僕に会いたかったから〟。」

そして、

「僕が生まれてきて、お母さんはきっと幸せだった。」

そう確信することができました。

この気づきと同時に、僕の中にずっとあった「女性に対する申し訳なさ」の正体も見えてきました。

母を早くに亡くしてしまったことへの後悔。

(もっと親孝行ができたのではないか)という思いが根底にあったのです。

こういうとき、ポジティブシンキングの人は、
「そんな風に申し訳なく思う必要はない」
と言うかもしれません。

ですが、無理に感情に蓋をするのは良くありません。

後悔することや、申し訳ないと思うこと自体は、決して悪いことではないのです。

それを「ダメなこと」として自分から切り離すのではなく、その申し訳ないという気持ちを大切にしながら、〝タッグを組む〟こと。

女性に対して申し訳ないという気持ちがあるからこそ、

「もっとこういうことを提供しよう」
「お母さんたちにこんなサービスがあったら喜ばれるのではないか」

というアイデアが次々と湧いてきます。

僕がこれまでにやってきたビジネスでも、女性や子どもたちが幸せに成長していける環境作りに繋がっているときは、いつも不思議とうまくいっていました。

それこそが、自分の人生の明確なテーマなのだと、最近ようやく腑に落ちました。

いやほんとに、これまでも幾度となく言われてきたことですが、自分では自分のことはなかなか分からないもので、時間がかかりました。

なので、現在はその一環として、不妊に悩む方々の妊娠率を上げるためのプロジェクトを作っているところです。

メンタルアプローチによって不妊の方の妊娠率が大きく結果が変わることは、国内外の検証で複数確認されていますし、この目でも確かめてきました。

これは多くの人に届けられるよう、オンラインで受講できるプログラムとして今まさに制作しているところです。

完成する頃に、また詳しくお伝えします。

今回は自分のことでもそうですが、本当に僕らはみんな望まれて生まれてきたんだ、望まれずにこの世に生まれてきた人なんていない、というふうに思います。

なぜなら、望まれなかったら生まないからです。

その望み具合に温度差はあるとは思いますが、全く望まなくて子供を産む親はいないんじゃないかなと思います。

お母さんたちにはいろんな事情があるでしょう。

「子供を産まないと家系が絶えてしまうから、しょうがなく産んだ」と口では言っているし、自分でもそう思っているようなお母さんだったとしても、
本当に欲しくないのなら産まないという選択もできるわけですから。

この数ヶ月、自分自身と徹底的に向き合う時間を作ったことで、自分の人生の目的に向かって、改めて明確に進み始めることができました。

これからも応援よろしくお願いいたします。

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