第1話:なぜ日本は「世界一治療して、世界一授かれない」のか?

不妊治療をしている人の数が世界トップクラスの日本は、同時に、世界で一番授かれない国でもあります。

たとえば体外受精だけをとっても、年間の実施件数はおよそ50万件。たった1年間で、です。ぶっちぎりで世界トップクラスです。

これだけの数をこなし、これだけの技術と設備がありながら、1回あたりの出産率は世界最低レベル。治療1回に対して子どもが生まれるのは、10回に1回あるかないか。

こういうと、不妊治療を始める年齢が海外に比べて遅いせいだと言われがちですが、そんなことはありません。

なぜなら、20代の若い層だけを取り出して比べても、欧米の半分程度しか成果が出ていないからです。

具体的には、日本の20代は1回の移植あたりの出産率が約20%。一方、アメリカで35歳未満の女性が1回の治療周期で出産に至る確率は50%を超えます。生物学的には最も授かりやすいはずの世代ですら、倍近い差をつけられている。

こんなの、おかしいと思いませんか?

僕はこの数字を知ったとき、(これは医療技術の優劣の話ではないのでは?)と直感しました。

本当に、あまりにも理不尽。ひどい。

では、どこがおかしいのか?どうすれば、不妊で苦しんでいる人が救われる、つまり、授かる確率を上げていけるのか?

それを伝えるために、これから3回に分けて、

・日本の不妊治療の「誰も言わない構造」
・身体の「妊娠拒否スイッチ」を押してしまう不妊治療
・暗闇を抜けるための「マタニティメンタル」という新常識

についてお伝えしていきます。

目次

■ 世界一治療している国が、世界一授かれない

まず、この異常さをもう少し丁寧に見ていきます。

日本の体外受精の実施件数は、単一の国としては世界最多クラス。
人口比で考えれば、圧倒的な世界一です。

培養室の技術も、胚培養士の技術レベルも、決して劣ってはいません。

海外の学会で発表される日本の技術は、むしろ高く評価されているのが現状です。

にもかかわらず、結果だけが出ていない。
つまりこれは「設備の問題」でも「腕の問題」でもないということです。

世界一の回数を打っていて、世界一当たらない。

だとすれば、疑うべきは「打ち方」や、その「内容」であり、そもそも撃たれている体の状態のほうです。

■ 「年齢のせい」で片付けられてきた

日本の成績が低い理由として、これまでずっと言われてきたのが「治療開始年齢が高いから」でした。

でも、それは事実なのか?

たしかに日本は、治療を始める平均年齢が世界最高水準です。

30代後半から40代がボリュームゾーン。年齢が上がれば卵子の質は落ちますから、成績が下がるのは当然といえば当然です。

だから、みんな納得してきたわけです。
「日本は高齢化してるからね」と。

でも、僕はここに強烈な違和感があります。

(だったら、20代から不妊治療を始めた人の比較ではどうなんだ?)

と。当然の疑問ですよね。

年齢が原因だというなら、年齢で比較しないと。

■ 実は20代でも、倍近い差をつけられている

前述の通り、日本の20代の出産率は1回の移植あたり約20%。
アメリカの35歳未満は50%超。

(これは統計の取り方が違うので単純比較はできませんが、それを差し引いても埋まらない差です)

年齢が原因なら、この差は説明できないのでは?

同じ20代。同じように若く、同じように卵子の質が高いはずの女性たちが、日本にいるというだけで、授かる確率が半分になっている。

ということは、これは、年齢の話ではないですよね。

同じ20代で不妊治療を始めた人たちの比較で、2倍以上の差ができているのだから。

日本の不妊治療には、年齢では説明できない「何か」が欠けている。
しかもそれは、誰も真正面から指摘してこなかった何かです。

■ 「体に優しい」という言葉に、僕は納得できない

その「何か」を探していくと、必ずぶつかる言葉があります。

「身体に優しい低刺激治療」

これ、聞こえはいいですよね。
実際、日本の多くのクリニックがこれを掲げています。

強い薬を使わず、負担をかけず、自然に近い形で。
誰も反対できない、優しい言葉です。

でも、この言葉に素直に納得できますか?

この「優しい治療」で、どれだけ多くの人が、不妊治療で苦しんでいるか。

どれだけ長い歳月を、その苦しみの中で耐えているか。
どれだけの経済的な負担を強いられているか…。

そして、治療を続けている人が本当に求めているのは「優しい治療」ではなく、「子どもを授かること」です。

目的は、それだったはずです。
にもかかわらず、いつのまにか「優しさ」が目的にすり替わっている。

そして優しいまま、1回、また1回と回数だけが積み上がっていく。

気づけば数年が経ち、お金も、時間も、心も削られている。

それでいいのか?

そうではなくて、「優しい治療」 で、尚且つ、「子どもを授かれること」が最高でしょう。

ん?それができたら苦労しないって?

本当にそうでしょうか?

そもそもなぜ、今の、こんな構造ができあがってしまったのか?

これは、きな臭い話ですが…。

■ 短期決戦のアメリカ式と、じわじわ通わせる日本式

海外、特にアメリカの不妊治療は、基本的に「短期決戦」です。

強い排卵誘発剤を使って、1回の採卵でできるだけ多くの卵子を採る。採れた卵子はまとめて受精させ、遺伝子検査(PGT-A)にかけて、一番可能性の高い受精卵から順に戻していく。

つまり、最初の1回に、できる限りのリソースを注ぎ込むわけです。身体への負担は決して小さくありません。ですが、「1回で終わらせる」ことを前提に設計されています。

一方、日本の主流は真逆です。

身体への負担を抑えるために、薬を弱めにする。1回で採れる卵子は1〜2個。ダメならまた次の周期、また次の周期と、同じ強度の治療を、何ヶ月も、何年も繰り返していく。

「1回のダメージを小さくする」代わりに、「回数」で勝負する。これが日本式です。

どちらが正しい、という話をしたいわけではありません。ただ、この構造の違いが、そのまま結果の違いに直結しているのは事実です。

■ 「1回の打撃」を減らして「回数」を増やす医療ビジネスの構造

ここで、あえて踏み込んで言います。

この「回数で勝負する」構造は、患者のためだけに存在しているわけではないと、僕は思っています。

1回あたりの治療費が発生し、それが何回も繰り返される。これは、医療機関にとって、悪い話ではありません。1回で終わってしまうより、5回、10回と通ってもらったほうが、経営としては安定します。

もちろん、すべてのクリニックがそう考えているとは言いません。本当に患者のために低刺激を選んでいる医師もたくさんいます。

ですが、構造として見たとき、「身体に優しい」という言葉が、結果的に「通院を長引かせる」ことと結びついてしまっている。この事実からは、目を逸らすべきではないと思います。

優しさが、いつのまにか、終わりの見えない道に変わっている。

■ 気づけば心身がすり減っていく「ぬるま湯茹でガエル地獄」

この構造の一番怖いところは、1回1回が「短期決戦型ほど、体に負担をかけない」ということです。

強い薬を使わないから、身体の負担は軽い。副作用も比較的マイルド。だから、続けられてしまう…肉体的には。

「今回はダメだったけど、また次頑張ろう」

そう思えてしまう。
1回ごとの痛みが小さいから(とは言っても、採卵や手術など、相当負担はかかりますが)、やめる決断ができない。

でも、積み上がっていくものがあります。

半年が、1年になる。1年が、2年になる。「まだ大丈夫」と思っているうちに、気づけば30代後半になっている。

経済的な負担は静かに膨らみ続け、心はすり減り続けている。

これはまさに、ぬるま湯に入れられたカエルと同じです。熱湯なら、すぐに飛び出します。でも、ぬるま湯は、危険を感じさせないまま、じわじわと体力を奪っていく。

そして気づいたときには、もう動けなくなっている。

念のためお伝えしておきますが、僕は「優しい治療」がダメだ、と言っているわけではありません。

体にできるだけ負担をかけずに、短期決戦で授かる確率をあげるのが、最高だと思っています。

ただ、日本における「身体に優しい」という言葉の本当の怖さは、お伝えしておきたい。
優しいからこそ、逃げるタイミングを失ってしまう、ということです。

では、なぜこの「ぬるま湯」から抜け出せないのか?

なぜ、身体への負担を減らしても、成果につながらないのか?

■ いくら身体の負担を抑えても、子供が授からなければ意味がない

ここまでの話、一度整理します。

日本は世界一治療していて、世界一授かれない。年齢のせいじゃない。回数を重ねさせる構造があって、それが「身体に優しい」という言葉に守られている。

でも、僕がどうしても言いたいことが、ひとつあります。

身体への負担がどれだけ軽くても、授からなければ意味がない、ということです。

「優しい治療」という言葉。いつのまにか、それ自体が目的になっている場合がある。

負担が少ない。副作用が少ない。それ自体に価値があるかのように語られています。

でも、治療を受けている本人が欲しいのは、優しさじゃない。子どもです。

優しさを追求して、医療が本来の目的を見失っているなら、それは本末転倒になってしまいます。

■ 医療機関は「治療」をしてくれても「心のプレッシャー」は放置する

では、なぜ「優しいのに授からない」なんて矛盾が起き続けるのか?

僕の結論は、これです。

日本の不妊治療は、身体だけを診て、心を診ていない。

医師は、卵巣の状態を診ます。ホルモンの数値を診ます。子宮内膜の厚さを診ます。全部、身体です。

でも、その身体を動かしているのは、自律神経であり、ホルモンの司令塔である脳です。そして脳は、その人の精神状態に、直接反応します。

強いストレス。孤立感。「今月もダメだったら」という恐怖。

これ、検査の数値には出てきません。血液検査をしても、「ストレス値」なんて項目、ないですよね。だから、医療機関はこれを治療の対象にしないんです。

薬は処方してくれます。エコーも診てくれます。スケジュール管理もしてくれます。

でも、「心のプレッシャー」だけは、丸ごと置き去りにされる。

これ、医師が悪いという話じゃありません。医療というシステムそのものが、「身体を治す」ことに特化して作られているからです。心のケアは、最初から設計に入っていない。

この「心のケア」、アメリカやオーストラリアなど、治療からの妊娠率が高い国ではあたり前にセットになっています。

結果、患者は「身体には優しいけれど、心はケアされない」治療を、何年も受け続けることになります。

キツすぎる。

これが、日本の不妊治療における、一番大きな問題点、つまり、分断です。

身体と心は、本来ひとつです。それを、医療の都合で切り離してしまっている。

いくら優れたエンジン(医療技術)を積んでも、それを動かす電気回路(自律神経とホルモン)がショートしていたら、車は走りません。

それでは、体は妊娠することを拒否するようにホルモンを出してしまうのです。

次回、この

・「電気回路のショート」がなぜ起きるのか?
・そして、それがなぜ「妊娠拒否スイッチ」とまで呼べるほど強力に作用するのか

について具体的に掘り下げていきます。

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